大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1223号 判決

被告人

川端純一

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金弐万円に処する。

右罰金を完納し得ない場合には、金弐百円を壱日の割合で換算した期間、被告人を労役場に留置する。

領置に係る塩酸モルヒネ注射液五アンプル入拾壱箱、同四アンプル入壱箱(但内壱アンプル破損)、同弐アンプル入壱箱、ナルコボン、スコポラミン注射液六拾アンプル入壱箱、同参アンプル入壱箱、パピナール注射液拾アンプル入弐箱、同八アンプル入壱箱、パントボン注射液五アンプル入参箱、同参アンプル入壱箱、パントボン、スコボラミン注射液六アンプル入参箱、同壱アンプル入壱箱、スパスマルヂン注射液六アンプル入壱箱、スパミドール注射液六拾アンプル入一、一cc 壱箱、同六拾アンプル入二、cc 壱箱は孰れも之を沒収する。原審に於て生じた訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人の弁護人友田久米治、同広浜嘉雄両名控訴の趣意一に付いて。

被告人が自首を為したものであるか否かの事実は、素より罪と為るべき事実に属しないから、縦令原判決が被告人は自首したものに該当しない旨説示した点に付、誤認があるとしても、之を以て控訴の理由と為し得るものでなく、又自首減軽をすると否とは、裁判所の専権に属し、従て自首減軽をするを適当でないとするときは、縦令自首の事実があるとしても、自首減軽をするを要しないのである。左れば原判決が自首の事実を認めることなく延いては自首減軽に関する刑法第四十二条第一項の規定を適用しなかつたのを捉え云為する所論は到底採用に由がないから、論旨は理由がない。

(弁護人友田久米治、同広浜嘉雄の控訴趣意)

一、原判決は、適用すべき法条を適用していない。

被告人は、本件を「未ク官ニ発覚セサル前自首」しているのであるから、刑法第四十二条第一項の適用があるべきであるに拘わらず、それを適用せず、「麻薬取締法第三条第一項、第五十七条、罰金等臨時措置法第二条に該当するところ、刑法第六十六条、第六十八条及び第七十一条に則り、酌量減軽をなし云々」と判示している。その理由とするところは、「愛知県衛生部薬務課麻薬取締員中村鉱一は、当時前記瑞穗寮に関するリーフレツトにより、被告人が未屆の麻薬を持つているものとの嫌疑を持ち、被告人を一度取調べなければいけないと思つていたその日の午後、被告人が進んで麻薬を持つていたとて出頭して来た事実を認め得るのであるから、刑法第四十二条に謂う『罪を犯し未だ官に発覚せざる前自首したる者』には該当しない」というにあるがこの判断は妥当でない。というのは、前記「瑞穗寮に関するリーフレツト」は二枚あり、一は「青婦中斗委員会」の名を以てする「ニユース第一弾、組合員諸君、きけ!! 瑞穗寮の暴状を!!」と題するものであり、一は「名古屋市職員組合、青年部、婦人部中央斗争委員会」の名を以てする「市民皆様へ訴う、そして公正な批判を希う市行政の黒幕上層幹部の独善!!」と題するものであるが、(記録六四、六五丁)そのいずれにおいても、「麻薬横領事件」という言葉がそこに見出されるだけであつて、被告人が麻薬の不法所持者であることの表示はいうまでもなく、それを暗示するようないかなる表現もないのである。而して、県衛生部の薬務課で麻薬取締員が前記リーフレツトを入手したのは、二月十四日の午前であり、その午後に被告人が自首したのであるから、麻薬取締員におい瑞穗寮に麻薬をめぐる問題があるらしいとは考えたであろうが、それが横領事件ではなくて不法所持事件であり、その所持者が被告人であるというところまでわかつていたとすることは、格段の立証のない限り措信し難い。被告人を不法所持者とする告発もなく、麻薬取締員の方で瑞穗寮に出向いて実情を調査したという形跡もまたない以上、前記リーフレツトを手懸りとして、被告人の自首以前において、既に被告人を不法所持者と見ていたということは、明らかに経験則に反する。これを、被告人の自首に基づいて調書を作成した前記中村鉱一の証言に徴するに、「問、それはその頃川端が麻薬係へ麻薬の入つている箱を持つて来て自首したということであるかどうか。答、はい、左様であります。」(記録五七丁)と端的に述べており、次いで、「問、本件については、一応川端に嫌疑がかかつていたのか。答、はい左様でありますが、麻薬係で調べないうちに持つて来たので、検察庁とも相談の上、今度自首調書にしたのであります」。(同五九丁)と断言しているのである。いうまでもなく、この点に関して立会の検察官から何等の反対尋問もなかつたのである。して見ると、「一、犯人自ら進んでその犯罪を告知すること、二、犯罪捜査の権ある官吏に対して之を告知すること、三、未だ発覚せざる犯罪に係ること。この場合に発覚とは、犯罪の事実及び犯人の誰なるかが発覚していることをいう。」との「自首」の定義(牧野英一、日本刑法参照)に合致するものであつて、被告人は正しく本件を自首した者なのである。犯罪捜査の権ある麻薬取締員これをいい、検察官またこれを認めているのである。然るに、原判決はこれを否定しているのである。その判断の妥当ならざること、推して知るべきである。果たして然らば、被告人は本件を自首しているのだから、刑法第四十二条第一項の適用がなければならないのに、原判決はそれをしていないのである。

(註本件は量刑不当により破棄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例